●ビューティコロシアム アゴなしカマキリと呼ばれた女性の悲劇
熊本県地方には大雨洪水警報が出ていたので、チェロのレッスンをお休みしました。数年前に大雪の中をレッスンに出かけて行って帰宅に二時間もかかって以来、ちょっとコンサーバティブになっています。あの時は遭難するかと思いました。
レッスンを休んでしっかり練習していれば良いのですが、ついついテレビで「ビューティー・コロシアム'07奇跡連発SP」などを見てしまいました。特に気になっていたのは「アゴなしカマキリと呼ばれた女性が想像こえるスーパーモデルに」という出演者です。新聞のテレビ欄には「外見に悩みを持つ女性たちを美のプロフェッショナルの手で救済する。子供のころから、あごにコンプレックスを抱える25歳の女性は、あごがほとんどないために歯がきちんと生えそろわず、顔もいびつにゆがんでしまった。そのため、小学生のころからいじめを受けてきた。矯正歯科へも相談に行ったが断られたという。6カ月半にわたって美のプロフェッショナルたちが奮闘。果たして彼女は見事変身することができたのか。」とありました。
大学病院の矯正科で顎変形症の患者さんを多く診ていましたので、この文章を読んだだけで、「トリーチャーコリン症候群かピエールロバン(Pierre Robin)症候群、もしかすると第一、第二鰓弓症候群じゃないのかな?」と思いました。
鰓弓(さいきゅう)というのは妊娠初期の胎児の顔面にできる膨らみです。ちょうど魚の鰓(えら)のように見えるので鰓弓という名前がついているそうです。これがそれぞれの器官に分化することによって、顔面の各部分が作られます。もし、その鰓弓に異常が発生すると鰓弓から作られる耳や顎などがうまく作る事ができなくなってしまいます。ですからこの女性は第一、第二鰓弓症候群の可能性が高いと思いました。
実際にこの女性は下顎がほとんどない状態でした。いわゆる鳥貌(ちょうぼう)と言われる状態です。また、耳介の変形もありましたので、いずれにせよシステマティックな先天異常の可能性が高いと思われます。
問診をした美容整形外科の先生は「幼児のときに転んで顎をぶつけた」という既往を聞いて、それが原因だというような説明をしていました。確かに、幼児期に関節突起を折ってそのまま放置すると小顎症を起こすことがありますが、耳の形成不全の説明がつきません。また、ぶつけて両側の関節突起を骨折するとかなり痛みますし、前歯が噛み合ない状態になりますので、ご両親が気づかれるはずです。
TVで患者さんのプライバシーを考慮して先天異常である事を隠したのかもしれませんが、第一、第二鰓弓症候群は数千人に一人という比較的多い異常ですので、知らずに同じ病気で苦しんでいる人たちのためには正しい病名を出すべきではなかったかと思います。
番組では手術法にずいぶん悩んで、ついにはアメリカまで行ってフロリダ大学の形成外科医にアドバイスを求めていました。実際は非常に稀な病気ではないので、治療法はある程度確立しています。本来は成長期を通して段階を経て処置を行なうのが望ましいのですが、この女性の場合は成長が終わっていますので、矯正治療を伴った骨切り術による下顎の延長が必要だと思います。この女性の場合、左右のずれを修正するために上顎の位置も変える必要があると思います。
結局どうするのかと思って見ていたのですが、下顎の短いのはそのままで骨の周りに軟組織の移植を行なったり、プロテーゼを入れたりして形だけを作っていたようです。上顎を触っていないので、顔のバランスが改善が不十分のように思えました。
ちょっと気の毒で最後のほうは見てなかったのですが、おそらく総額でかなりの費用がかかったと思います。
本当は美容整形外科に行って数百万円単位の治療費を支払わなくても実は健康保険で治療が可能なのです。さらに実際に専門医が診断して第一、第二鰓弓症候群という病名がつけば矯正治療も保険で給付されます。番組では髪の毛に隠されていた耳の形成も保険で行なわれます。
もしも、同じような症状で悩まれている方はビューティコロシアムに応募したり、美容整形外科に行く前に、日本形成外科学会の専門医を受診してみてください。多くの場合は矯正専門医もこのような症候群の噛み合わせの治療についての知識と経験があります。
いつもはTVで報道された事は何となく信じているのですが、自分の専門分野に近いところでこのような番組があると、TVへの信頼性が揺らぐような気がします。